(わたしの名前を呼べるのは、ただひとりだけ)

 それ即ち、聖王しか知らないということだ。以前の自分とノエルの関係性は分からないが、ルーチェが生きていたことに涙を流して喜んでいたから、側にいた人なのかもしれない。

 ノエルは黄金色の髪に碧色の瞳をしていた。それは何度か瞼の裏で目にした美しい青年と同じだ。あの青年を聖王と仮定すると、ノエルさんとやらは血縁者か何かだろうか。

「聖女様。お部屋にご案内いたします」

 いつからそこにいたのか、セルカが柱の裏から姿を現す。ルーチェを見て少しだけ表情を緩めると、流麗なお辞儀をした。

「……セルカさん。今の方をご存知ですか?」

「御姿を拝見したのは初めてですが、マーズの大魔法使い様かと。二日後に開催される式典に参列されるのではないでしょうか」

 ルーチェが首を傾げると、セルカは「まずはお部屋に」と言い、先導するように歩き出した。その背を追って歩みを進めると、美しい風景画が並ぶ廊下に出る。

「皇帝陛下は間もなく即位十年目を迎えます。その記念式典が二日後に開催されるのです。体調が良ければ聖女様も是非出席を、と先ほど案内の者が来ていたそうで」

「私のようなものが……良いのでしょうか?」

 セルカが一際豪奢な扉の前で立ち止まる。ドアノブに手を掛ける前に、彼女はルーチェを振り返るとピンと姿勢を正した。