ルーチェは内部設備の説明を受けに行ったセルカと別れ、庭園に足を運んでいた。

 アーチを潜ると、一番に目に入ったのは大きな噴水だった。水路はここにも繋がっているのか、小道の両傍にも足首ほどの深さの浅い水路があり、さらさらと水が流れている。

 咲き乱れている花々はどれも青い。どれを見ても美しいけれど、寂しさも感じてしまうのは、寒色である青ばかりだからだろうか。

(──こんな素敵なところで、暮らしていいのかな)

 ルーチェは噴水の前にある白いベンチに腰を下ろした。

 目の前に咲く花を見ていたら、昨日のヴィルジールの姿が浮かんだ。満天の星空を背に佇む、端正なあの顔が。

 全てを失ったルーチェに、ここにいていいのだと名前をくれた。だけど、いくら皇帝の命を救ったからと言って、ここで何もせずに過ごすのは気が引けた。

 ルーチェに何か出来ることはないのだろうか。聖女と呼ばれたけれど、その力の使い方はまだよく分かっていない。記憶だって戻っていないというのに。

 瞼を閉じたら、ヴィルジールに言われた言葉を思い出した。

──『失われた過去は、所詮過去でしかない。これから先の人生は、この国で過ごすといい』

(──私の、これから)

 冷たい、けれどあたたかみもあったヴィルジールの声が木霊する。これからを生きるこの国で、ルーチェに出来ることはあるだろうか。

(──話したい。あの方と)

 ルーチェは立ち上がった。ヴィルジールが今どこで何をしているのかは分からないが、とにかく行って話がしたい。

 忙しいからと門前払いをされたら、また明日訪ねてみればいい。
 そう思い、地面から足を剥がしたその時。

「──……聖、女?」

 振り返るとそこには、黄金色の髪の少年が泣きそうな顔でルーチェを見ていた。