ヴィルジールとの晩餐会の翌日。その日の正午に、エヴァンが訪ねてきた。何かいい事があったのか、とても上機嫌な様子で。

「ご機嫌は如何ですか? 聖女様」

 少女──ルーチェは優雅にお辞儀をした。これはつい先ほど覚えたもので、この国の令嬢たちが先ず身につける礼儀作法の一つだという。

 昨夜ヴィルジールに披露したものは、最上級の礼儀作法だそうだ。それを使う機会は王族の前くらいだとか。

「こんにちは。エヴァン様」

「国一ご多忙な宰相様が、このような時間に何用でしょうか」

 ルーチェの後ろに控えていたセルカが、狙い澄ましたように進み出た。角のない言葉を選んではいたが、国で一番忙しいはずの宰相が真っ昼間に何をしにきたんだ、と言っているようなものだ。

 エヴァンは戯けたように笑う。

「これは手厳しいですね、セルカ殿。今日はですね、聖女様に新しいお住まいに移っていただこうと思いまして」

 今いる部屋だって、とても広くて素敵なのに。ここではない別の場所に移るということだろうか。

 瞠目するルーチェを余所に、エヴァンは胸に手を当てながら語り始める。

「昨夜はウチの陛下がとんだ失礼をいたしました。聖女様への恩賞が御名前一つだけだと聞いて、居ても立っても居られず……」

「私はとても嬉しかったのですが」

「いいえ!皇帝陛下の御命を救ってくださった御恩がありますので!すぐにでも離宮にお移りください」

 でないと、と何かを言いかけたエヴァンの瞳は潤んでいる。

 ひょっとしたら、ルーチェが頷かなかったらエヴァンの身に何かが起こるのかもしれない。

 ルーチェはこくこくと頷き、エヴァンの後をついて行った。