亡国の聖女は氷帝に溺愛される



 少女──ルーチェとのひと時を終え、自室へと向かうヴィルジールの足を何者かが止める。それは角を曲がったところで待ち伏せていたエヴァンだった。

「どうでしたか?聖女様との晩餐会は」

「そんな大層なものではないが」

 ヴィルジールは無表情のまま歩き出す。その後ろをエヴァンはついて行きながら、お喋りな口を開いた。

「メニューは僕が決めさせて頂きましたが、聖女様のお口に合いましたか? どんな話を? 恩賞は何を?」

「料理の感想など、そんなくだらないことを俺が訊くとでも?」

 ヴィルジールは苛立ちげに片手をポケットに突っ込むと、じろりとエヴァンを睨む。氷帝に睨まれようが何を言われようが、エヴァンはびくともしない。

「では、恩賞は何を?」

 ヴィルジールはぴたりと足を止めた。そして、眉ひとつ動かさずに答える。

「名を」

「……名?って、名前ですか?」

「そうだが」

「それって誰のです?」

「あの聖女のものだが」

 エヴァンはぱちくり、と瞬きを繰り返す。

「……この広大なオヴリヴィオ全土に、結界を張ってくださった聖女様にですか? 皇帝陛下の命を救った御方に? その功績が名前ひとつ?え?」

 エヴァンは信じられないと何度も呟くと、ヴィルジールの両肩を掴み、至近距離まで顔を寄せた。