亡国の聖女は氷帝に溺愛される

 見つかったら、酷いことをされるかもしれないから──だからその前に、逃げてくれたらと思っていたらしい。

 冷たく吐かれた言葉に隠されていた意味と、今更ながら知る事実に、ただ涙があふれる。

 どうして生きているのかと問われた時、何も言い返せなかった。罵声を浴びせられ、石を投げられ、酷いことをされても──自分は空っぽだったから、犯してしまった罪を忘れてたことに謝ることしかできなかった。

 そんな自分に、生きていいのだと言ってくれたのだ。この国の頂点に立つ人が。


 暫くの間、ヴィルジールと少女は互いに無言のまま向き合っていた。長い沈黙がふたりの間に横たわっていたが、やがて先に口を開いたのはヴィルジールの方だった。

「──ルーチェ」

 それは、とても優しい響きをもって放たれた。

「顔を上げろ。──ルーチェ、これがお前の名だ」

「ルー、チェ……」

 言われた通りに顔を上げると、綺麗な青色の目に再び捉えられた。

「お前の光に、俺は命を救われた。だから、光という意味があるこの名を贈る」

 ヴィルジールは夜だというのに眩しげに目を細めながら、嘘偽りのない口調ではっきりと告げた。

 少女は胸の内で、何度もその名を繰り返した。

(──ルーチェ。これが、これからのわたしの名前)

 たまらなく嬉しい贈り物に、少女は何度も頷く。そして、赤くなった目でヴィルジールを見上げる。

 星空を背に佇むヴィルジールは、一枚の絵画のように美しかった。