亡国の聖女は氷帝に溺愛される

「……ありがとう、ございますっ……」

 奇跡のお返しに、ヴィルジールは名を贈ってくれるという。

 それは自分の名前すら憶えていなかった少女にとって、暗闇に差し込んだ光のように思えた。道はこの先にもあるのだと示す、導きの灯火だ。

 目の縁にじわりと涙が浮かぶ。落とすまいと瞼を閉じたが、それは逆効果だったようで。

「……何故泣く?」

 はらはらと落ちていく涙と、泣き出した少女とを交互に見るヴィルジールは困った様子だ。

「ここに居ていいのだと、言われたようでっ……」

「あの時は悪かった。追い出すようなことを言って」

 ヴィルジールは不機嫌そうに前髪を掻き上げる。短いため息を吐くと、一度だけ少女の頭を優しく撫でた。

「この国の民を守るのが、俺の責務だ。他国から逃げてきた難民どもを受け入れ、事情を聞いて──その元凶であるかもしれない者を黙って受け入れることはできなかった」

 ヴィルジールは少女の細い肩に片手を添えると、ぎこちない表情を浮かべた。

「だから、見つかる前にどこかへ行ってくれたらと、思っていたんだが」

「っ……う、ううっ……」

 本当は、追い出したいわけじゃなかった。誰もが口を揃えて罪人だという存在を引き入れては、やがて何か起こり、自国の民が巻き込まれるかもしれないからだ、と。