亡国の聖女は氷帝に溺愛される

「……何も、思いつきません」

「無欲だな。聖女だからか」

 ヴィルジールに聖女と呼ばれたことに驚き、少女は目を見開いた。

「私を聖女とお認めになるのですか?」

「あの力を身を以て知った俺に、嘘を吐けと?」

 憮然と言い返すヴィルジールに、少女は戸惑う。

「い、いいえ……」

 ヴィルジールはふっと息をこぼす。どうしてか、彼の表情は少しだけ軋んだように見えた。


 それから暫くの間、ヴィルジールは首を捻り、顎に手を当てながら宙を見つめていた。そして数分の沈黙のあと、納得がいくものを見つけたのか、少女と向き合った。

「──名を、くれてやる」

 少女は首を捻りながら、もう一度聞き返した。

「名前、ですか?」

 ああ、とヴィルジールは頷く。それから彼はテラスの下に広がる街へ目を向けた。

「名を与えるということは、即ちこのオヴリヴィオの民になるということだ。失われた過去は、所詮過去でしかない。これから先の人生は、この国で過ごすといい」

「……っ!」

「無論、他の国に行くと言うなら止めはしないが」

 ヴィルジールは見間違いかと思うほどほんの小さく笑った。どこか皮肉なその笑みは、彼らしい。

 思いがけない恩賞が嬉しくて、黙っていたが──急に力が抜けて、思わずこぼしてしまった。