亡国の聖女は氷帝に溺愛される

 アスランの手が離れる。

「──この先で陛下がお待ちだ。粗相なんかするなよ」

「あ、ありがとうございました。……アスランさん」

 アスランは何度か瞬きをしたのちに、ふっと小さく笑って、手を胸に当てながら一礼した。それは騎士が主君にするものと同じだった。

 少女はドレスを翻し、扉の前に立つ。扉の両隣にいる侍従がゆっくりと開けてくれたので、その向こうへと足を踏み出すと、テーブルの傍に立つ男の姿が目に入った。

「──来たか」

 艶めくような銀髪に、切れ長の青い瞳。目が覚めるほど美しい容姿の持ち主だが、この距離でさえ圧倒されるほどの迫力に満ちていた。

 そう思わせるのは、眼差しがあまりにも冷淡だからだろうか。視線ひとつだけで相手を凍てつかせそうだと思うほどに。

「お招きありがとうございます。皇帝陛下」

 少女はドレスの裾を持ち、優雅にお辞儀をした。付け焼き刃の知識だが、セルカに帝国の淑女の作法を教わったのだ。

 使用人に椅子を引かれる。ヴィルジールが先に座ったのを見てから、少女も浅く腰掛けた。

 グラスに注がれた飲み物は菫色で、下から上へと動く泡はシュワシュワと音が鳴っている。この不思議な飲み物は何だろうか。

 初めて見るものに見入っていると、ヴィルジールがグラスを手に持って掲げたので、少女も真似をした。彼が口をつけるのを見て、少女も一口喉に流し込んだ。
 新感覚の飲み物は、甘くて美味しかった。