亡国の聖女は氷帝に溺愛される

「──失礼いたします。大魔法使い様が到着されました」

 穏やかな老人の声で、ヴィルジールは机の上の書類から顔を上げた。革の椅子から立ち上がると、ドアへ向かって歩き出す。

 ヴィルジールが上半身に酷い怪我をしたのは、つい十日前のことだ。

 突如城下に現れたという凶暴な魔物を見に行くと、避難所が襲われるという事態になった。この国を治める者として収拾を試みたが、相手の方が強く、瀕死の重傷を負った。

 だがその怪我の傷は、今は跡形もなく消えている。

 ヴィルジールはドアを開ける前に、右手を胸の前に寄せた。

 側近のアスランの話によると、肩から腹部にかけて酷い切り傷を受けたという。出血も酷く、治癒師の力も受け付けず、どうしたものかと思ったその時、少女が進み出たそうだ。

 そして、癒やしたというのだ。喪っていたはずの力で。

「遥々御苦労だった」

 ヴィルジール自らドアを開けると、その向こうにいた少年の耳飾りが揺れた。菫色の石が嵌め込まれているそれからは、とても強い力が感じられる。

「凄い旅路だったよ。ここまで来るのに何日掛かったと思う? 氷帝さん」

 肩の辺りで切り揃えられている光の色の髪と、意志が強そうな碧色の瞳。くっきりとした目鼻立ちの美少年は、誰もが畏怖するヴィルジールを前に、余裕そうに笑ってみせた。