亡国の聖女は氷帝に溺愛される

 目の前で何かが粉々になるのを感じて、少女は目を開けた。

 そこには青いマントをはためかせながら、竜と少女の間に立つ男の姿がある。

 この国から出て行けと言い捨て、城の奥へと消えた男の背に庇われているのを見て、少女は目を見張った。

(どうして、皇帝陛下がここに……?)

 突如目の前に現れたヴィルジールは、少女に一瞥もくれずに竜を見据えていた。

「報告を聞いて来てみれば……貴様は何だ?」

 苛立ちを宿した声に、竜は何も答えなかった。少女へと向けていた紅い瞳をヴィルジールへと移すと、三日月のように細める。

「(跪け、王の子よ)」

「……王の子?」

 竜はまた口を開け、炎を生成し始めた。繰り出されようとしている炎を迎え撃つ為か、ヴィルジールは左手に冷気を纏わせたが──竜は口を開いたまま飛翔した。

「まずい──」

 飛び立った竜が向かう方角を見て、ヴィルジールは馬に飛び乗る。馬上から少女を一瞥したが、その眼差しは無事を確かめるような優しいものではない。

「時が惜しいが、お前も来い」

 ヴィルジールは少女に手を差し出した。その手を拒むことは許さないと言わんばかりの口調で。

 少女は黙ってヴィルジールの手を取った。
 ヴィルジールは少女の手を強く引き、自分の前に横に座らせると、手綱を握った。そして、馬の腹を蹴る。
 竜が向かう方角には、数多の民がいる避難所があるのだ。