亡国の聖女は氷帝に溺愛される

「(──贄を寄越せ。我の力の源を)」

 頭に低い声が響く。その声の主は、目の前に現れた大きな“何か”のものに違いない。大きな深紅の瞳が、少女の目を捕らえている。

(──竜……?)

 それは光を纏う、黄金色の大きな生き物だった。蝙蝠のような翼を羽ばたかせながら、静かな眼差しで少女を見下ろしている。

 この生き物が、竜というものなのだろうか。黄金色の巨躯に、全てを引き裂いてしまいそうな鉤爪。鰐のような口元には鋭い歯が並び、長い尾の先は紫色を帯びている。

 竜の咆哮が空を揺らす。その衝撃に顔を顰めていると、竜が口を開けて光を集めていた。

(──何かが、来るっ……)

 竜が大きく胸を膨らませると同時に、口から燃え盛る炎を出す。もう終わりだと叫ぶ民の声を聞きながら、少女はそれをただ見ていた。

(わたしは、知っている。この、炎を……)

 全てを燃やさんとする炎の嵐を前に、どうして冷静で居られたのかは分からない。けれど、これだけは判っていた。

(わたしは、あなたをしっている)

 少女は迫りくる焔と、その向こうに佇む光の獣を見てから、胸の前で手を組んだ。ゆっくりと息を吸って、目を閉じる。

(祈れ。祈れ──……)

 湧き出る言の葉を胸の内で繰り返したその時、冷気を纏う風が身体の横を駆け巡った。