亡国の聖女は氷帝に溺愛される

「そんな顔をしないでくれ、今生の別れではないのだから。君たちの結婚式には顔を出せるようにするよ」

 ファルシは春の花のように淡く微笑むと、ルーチェの額にそっと口づけを落とした。別れを惜しむように見つめ合っていると、ルーチェの手を握る力が強くなる。手を辿った先では、ヴィルジールが不機嫌な顔をしていた。

「ヴィルジールさま。何をするのですか」

「何もしていないが」

 そう言いながらも、ヴィルジールの手が伸びてくる。何をされるのかと思っていると、ハンカチで額を拭われた。

「……ヴィルジール様。相手はファルシ様ではありませんか」

「だから何だ。相手が誰であろうと、お前に触れていいのは俺だけだ」

「なっ……!」

 顔を赤らめたルーチェの声は震えていた。泣き虫なルーチェの両目は潤み、優しい表情をしているヴィルジールの顔が近づくと、涙の膜は一層分厚くなる。

「まさか憶えていないのか?」

「な、い、いつのことですか……!」

「忘れているなら、もう一度言うが」

 ルーチェは「あわわわ」と慌てふためいた声を出しながら、ヴィルジールの口を両手で押さえた。

 マーズから帰還したセルカとアスラン、ルシアンが微笑ましそうな目でこちらを見ている。ルーチェは顔を真っ赤に染め上げながら、ヴィルジールの手を取って駆け出した。

「おい、ルーチェ──」

 ルーチェは子供のように駆けながら、ヴィルジールの手を握る左手に力を込めた。こうして触れているだけで伝わる想いがあると、ふたりは知っているから。