亡国の聖女は氷帝に溺愛される

 竜が何なのかは分からない。見たこともなければ、聞いたことがあるような気がするだけだ。ただそれだけのことだけれども、何かが──誰かが、少女の心を急き立てている。

 騎士の後を追って行くと、大きな城門の向こうで煙が上がり、建物が燃えているのが見えた。そこは昼間歩いた通り道だ。

(こんな、城の近くで……)

 緊急事態だからなのか、少女が門の外へ出ても誰も気に留めていないようで。髪が見えないよう外套の上部を摘み、下に引っ張りながら、奥の人集りへと向かう。

 門を出て橋を渡ると、淡い光を纏う半円型の薄い膜が張られていた。中では白い服を着ている人が治療に当たり、外では騎士が護衛をしているようだ。

「──クソッ、治癒師が足りない……!城へ伝達を!」

 そこは民の避難所のようだ。無数の子供の泣き声が聞こえるが、逃げる途中で傷を負った傷病者も多く混じっているようだった。

「っ……ひどい……」

 想像を絶する避難民の多さに、二の句が継げられない。

 ドームの中は逃げ惑う避難民で埋め尽くされており、足の踏み場もないような現状だった。

「お願い!うちの子を先にっ……」

「俺が先だ!足が痛くて死んじまう!」

 我先にと声を上げる人たちは山ほどいるのに、それに対して治療をしている白服の人たちが圧倒的に少ない。

 少女はその光景を目に焼き付けてから、振り切るように奥へと向かった。