「ルーチェ! しっかりしろッ……!!」

 踠き苦しむ竜が暴れ、ホールが崩れていく。エヴァンの指示でセシルが騎士たちに連れ出され、エヴァンもまた名残り惜しむようにヴィルジールを一瞥してから建物の外へと駆け出した。

 崩れゆくホールに残ったのは、暴れる竜とヴィルジールとルーチェ、ファルシとノエルだけだ。

 ルーチェは重いまぶたを持ち上げ、唇を開いた。

「……ヴィルジールさま」

 ルーチェは痛みに堪えながら笑った。上手く笑えていたかは分からないが、これが今のルーチェにできる精一杯の笑顔だ。

「……ルーチェ」

 ヴィルジールの美しい顔がくしゃりと歪む。そんな顔をさせたくて、ルーチェはヴィルジールを庇ったわけではない。

 ルーチェは自分が身代わりになるために、ヴィルジールを突き飛ばしたわけではない。やるべきことをやるために、果たさなければならないことを果たすために、この手は動いたのだ。

 じりじりと、ヴィルジールの右手が異様な光を放つ。いつの日もルーチェの温かくて優しかったヴィルジールの右手は、焦げついたように色を変えていた。

 それはきっと、聖女の剣を使ったからだ。本来ならばその剣は当代の聖女であるルーチェにしか、或いは聖王であるファルシしか扱えない物。それに触れ、力を引き出すことができたのは──ヴィルジールが聖女ソレイユと約束を交わした王の子孫であり、ソレイユが遺した娘の血を引いていたからだろう。

 だが、それ以上の力を求めることは許されない。

 その剣は、返してもらわなければならないものなのだから。