「陛下、なりません!!」

 聞こえてきたのはエヴァンの声だった。滲む視界で、エヴァンがヴィルジールを羽交い締めにしているのが見える。

「離せ!ルーチェがっ……」

 ヴィルジールは手のひらに血が滲む勢いで、必死に抵抗している。だがそれでもエヴァンは離さない。

「貴方に万が一のことがあったら、この国はどうなるのですか!」

「そんなの、俺でなくとも──」

「貴方は守るのではなかったのですか!愛する人が愛した景色を。守れなかった人たちが、生きようとしていた明日をっ!」

「っ…………」

 エヴァンの声に、言葉に、揺さぶられたのか──刹那、ヴィルジールの瞳が揺れ動く。その一瞬の隙を突いて、エヴァンがヴィルジールの手から剣を叩き落とした。

「ジル……お願いです……」

 皇帝の印章が彫られた剣は大理石の床を滑り、手の届かない場所へと飛んだ。その剣を見ていたヴィルジールの視界は、額から流れ出た汗で滲んでいった。

 上空にいたファルシとノエルが、竜に捕らえられたルーチェへ向かって降下する。ふたりは精霊たちと力を合わせ、強力な魔法を放ったが、竜の周りには視えない壁が生まれていたのか、弾かれてしまった。

「フィオナ!フィオナッ……!!」

「聖女!目を閉じないでっ……」

 ファルシとノエルがルーチェに呼びかけながら、次々と魔法を繰り出す。だが、竜を覆う分厚い光の壁は、何の攻撃も受け付けなかった。