亡国の聖女は氷帝に溺愛される

 振り切るように背を向けたその時、バタバタと騒がしい足音と共に、数名の騎士が駆けてきた。何かあったのか、彼らは全員剣を抜いている。

 セルカが毅然とした態度で前に進み出て、少女を庇うように立った。

「一体何事ですか」

「りゅ、竜みたいのがっ……」

「竜?」

 眉を顰めるセルカと、信じられないものを見たような顔をしている騎士たちを、少女は交互に見る。

「見たこともない魔物が出たんだよ!城下に!」

「皇帝陛下直々に、全騎士団に出撃命令が出された。即位以来初めてだ」

「……そうでしたか。ご武運を」

 セルカが頭を下げると、騎士たちは駆けて行った。

「竜とは何ですか?」

「実物を見たことはありませんが、大きな体と翼を持ち、口から炎を吐く魔物と聞いております。魔物の多くは陛下の魔力を恐れ、近づいてきませんが」 

 セルカは「まさか城下に現れるなんて」と呟くと、口元に手を当てながら少し俯く。

(──行かなきゃ)

 少女は心臓が早鐘を打っているのを感じ、胸に手を当てた。そのままゆっくりと息を吸ってから、脚を動かす。

「聖女様? 今外に出られるのは──」

 少女はセルカを振り返らずに、勢いよく走り出した。