亡国の聖女は氷帝に溺愛される


 ルーチェは大きく息を吸ってから、竜の名を胸の内で唱えた。

 聞いたこともなければ見たこともないその名は、ルーチェの中にいたソレイユの欠片が教えてくれたものだ。

 どうか救って欲しいと、解き放って欲しいと、ソレイユが願っている。

「──聖王エクリプス様」

 ルーチェは語りかけるように、はじまりの聖王の名をつぶやいた。

 ぴたりと、上空に居た竜の動きが止まる。

「あなたは愛する人たちを守るために、禁じられた魔法を使った。そして何十年、何百年と、途方もなく永い時を、ひとりで……」

 竜の赤い眼がルーチェへと動く。

「(…………ワタシ、ハ)」

 ルーチェは胸の前で手を重ねながら、遥か彼方に灯る光に向かって呼びかけた。人の心を喪ってもなお、愛するものたちとまた逢える日を希っていた、ひとりの男の想いに触れるように。

「エクリプス様、戦いはもうおやめください! ソレイユ様が悲しみますっ……!」

 カッと竜の眼が見開かれる。ソレイユの名に反応したように思えたが、その両眼はルーチェの姿を捉えたままだ。

 竜の咆哮が空を揺らす。陽色の翼がぶわりと広がり、ひとつ羽ばたきをしたかと思えば、次の瞬間には瞬くような速さで竜は急降下していった。

 陽光を跳ね返す鋭い鉤爪が振り下ろされる。

 ルーチェは隣にいるヴィルジールの身体を思いきり突き飛ばし、両腕を広げて立った。

「ッ……!? ルーチェッ──」