「──氷帝、聖女」

 ヒュン、と風を切る音とともに、ノエルが目の前に降り立った。竜との戦闘で怪我をしたのか、右肩を押さえている。

「ノエル……! ファルシ様はご無事なの?」

「聖王様なら僕より強いから大丈夫、と言いたいところだけど……状況はあまり良くないかな」

 ノエルは煤だらけの顔を上げる。紺色の空では、未だに光と光がぶつかり合い、魔法の残映が散っているのが見える。時折助太刀をするように炎の玉を飛ばしている赤い光は、恐らくフェニックスだろう。

 ルーチェはノエルの右肩に触れながら、上空で戦っているファルシの光を目で追いかけた。

 ファルシは片腕しかないというのに、そうは感じさせない動きで剣を振るっていた。まるでこの時を待っていたと言わんばかりに、次々と強撃を繰り出している。

「……ファルシ様」

 ルーチェは祈るように呟いてから、自分の手のひらに目を落とした。ルーチェの手は他人の痛みや傷を癒すことができるが、ファルシやノエルのように攻撃を繰り出すことはできない。ノエルから会得した唯一の魔法も、もう使えない。ルーチェの魔力は、イージスと共に消えてなくなってしまったから。