亡国の聖女は氷帝に溺愛される

 記憶を喪う前の自分は、前向きで行動力のある人間だったのだろうか。そう思ったのは、思い立ったらすぐに動かなければと思う自分が居たからだ。

 ベッドから抜け出した少女は、部屋のドアノブに手を掛けた。恐る恐る回すと簡単に開いた。

 部屋の外に見張りの姿はない。聖女の力も記憶も喪っている自分にはもう何の価値もないから、人を割くことをやめたのだろうと思う。

 少女が部屋の外へと一歩踏み出すと、夜色の大きな布に視界を覆われた。頭から掛けられそれは、外套のようで。隙間から見える足元を見て、誰からの厚意なのかはすぐに分かった。

 紺色のロングワンピースに、黒いタイツとシューズ。首から下がるリボンの下には、フリルがついた白いエプロン。この城で働くメイド達が着ている衣服だ。

「セルカさん」

 少女は顔を上げて、フードを捲った。

「……こんな夜更けに追い出すだなんて、陛下は酷い御方にございますね」

 セルカは手に持っていた包みを差し出してきた。見た目は小さいが、受け取ってみるとずっしりと重い。

「路銀と携帯食が入っております。困ったことがあったら、セネリオ伯爵家をお尋ねください。きっと力になってくださいます」

「ありがとうございます。セルカさん」

 少女はこぼれるような微笑を飾りながら、深々と頭を下げた。罪を犯した聖女だった自分に、セルカだけが温かく接してくれた。

 少女は外套を深く被り直した。もっと話したかったが、行かなければならない。