亡国の聖女は氷帝に溺愛される

「……何故またあの竜が、この国を襲っている?」

 お前が連れてきたのかと言わんばかりの目で、ヴィルジールはファルシを見る。

「また、か。ならば聖女であるフィオナを誘き寄せる為ではないね。ここにはあれを引き寄せる何かあるのだろう」

 ヴィルジールは眉を寄せた。

 このオヴリヴィオ帝国に、竜が好むようなものはないはずだ。以前襲ってきた時、竜はヴィルジールに大怪我を負わせると、満足そうに飛び立っていったのだから。

 ならば目的は。竜は何をしにここに現れ、ヴィルジールが築き上げてきたものに向かって炎を吐いているのだろうか。その鉤爪を振り下ろす理由は、巨大な足で踏みつける理由は──?

「……悪いが、一度城に戻る。すぐに城下の民を避難させ、被害状況を確認しなければならない」

 ヴィルジールの言葉に、ファルシは力強くうなずいた。

「そうだね。君には君のやるべきことが、私にも果たさなければならないことがある」

「ファルシ様」

 堪らず声を上げたルーチェに、ファルシは優しく微笑みかけた。

「北の王よ。私の聖女も共に連れて行ってくれないか」

「言われずともそのつもりだったが」

「そうか。……ならば安心だ」

 ファルシが白い外套を翻し、右手で光を放つ剣を生み出す。ヴィルジールの氷の剣とは対照的な、静かな炎を纏う剣だ。

「行くぞ、ルーチェ」

 ルーチェはファルシの後ろ姿を、上空で竜と戦うノエルの姿を一瞥してから、ヴィルジールの後を追って駆け出した。