亡国の聖女は氷帝に溺愛される

 きらきらと、氷の雨が降っている。

 ヴィルジールの手から生み出された氷の剣が、竜の炎を霧に変えて爆散させたのだ。

「……なぜ、何も言わなかった」

 目の前に現れた人を見て、ルーチェは言葉を詰まらせた。

 喚び声に応え、今すぐ発たなければならない──そう声を掛けたら、ヴィルジールはついて行くに決まってるからだ。

「……だって、これはイージスの問題ですから」

「あの竜には俺も用があると言っただろう」

「でも、ヴィルジールさまにはっ……」

 俯くルーチェの頬に、温かい手が添えられる。そして当たり前のように額を突き合わされたので、ルーチェは変な声を出した。

「関係ないと、言いたいのだろう? 俺を巻き込まないために」

「そ、そうです!だから早く、ここからっ……」

「生憎、行けと言われて黙って従うような人間ではない。……お前はよく知ってくれていると思っていたんだが」

 ヴィルジールが睫毛を震わせ、悔しげにつぶやきを落とす。

 ずるいと、ルーチェは小さな声で返した。そんなふうに言われたら、もう何も言えなくなってしまう。

 ヴィルジールは子供をあやすような手つきでルーチェの頭を撫でると、ファルシと向き直った。

「……お前が聖王か?」

 ファルシは肯首してから、ヴィルジールに向かって手を差し出した。

「いかにも。私がイージスの当代聖王、ファルシだ」

 ヴィルジールはファルシの手を取らなかった。いつもの調子で「そうか」と返すと、フェニックスと共に竜と対峙しているノエルを見上げる。

 ノエルは多彩な魔法を操りながら、竜の動きを封じているようだ。