イージスの民と聖王、そして聖女であった自分。民の怒りと哀しみをこの身で受けた時、どうして自分は何もかもを忘れてしまったのだろうと思った。せめて記憶だけでもあったのなら、どんなによかったことか。

 ヴィルジールは何か知っているだろうか。滅んだ国と聖王と、聖女のことを。

 少しだけ勇気を出して顔を上げてみると、青い瞳とぶつかる。空よりも濃く、海よりも淡い色合いのそれは、見つめられるだけで凍ってしまいそうな気がした。

「聖王とはどのような方なのか、ご存知ですか?」

「イージス神聖王国。その頂点に立つ者のことだ」

 一国の君主。それが聖王であるとヴィルジールは吐くと、窓の外へと目を向けた。

 月明かりがヴィルジールの端正な顔を照らしている。その横顔は色のない陶器のようだが、夜空を見つめる眼差しはほんの少しだけ柔らかい気がした。

「会ったこともなければ、見たこともない。だが、聖王とその傍に立つ聖女には、特別な力があると聞く」

 トクベツ、と少女は唇を動かした。その力で、国を滅ぼしてしまったのだろうか。

「聖女とは、何なのでしょうか」

「国によって、解釈や位置付けが異なる。この国では神の恩恵を受けた力で、奇跡を起こした者に与えている称号だ」

 もう何百年もいないが、とヴィルジールは言い捨てると、ゆらりと立ち上がった。