亡国の聖女は氷帝に溺愛される

 セルカが下がると、アゼフは満足げに微笑みながら顎の髭を撫で始めた。

「聖女様はご存知でしたかな。今の話を」

「……いいえ」

「そうとは知らず、申し訳なかったですな。陛下ではなく、私の口から聞かせてしまい」

 ふぉふぉ、とアゼフはわざとらしく笑った。
 その取ってつけたような笑みといやらしい口調に、ルーチェの中で沸々と何かが湧き上がっていった。

(……何なのかしら、この人は)

 ルーチェは一歩後ろに下がり、アゼフと距離を取ろうとした。だがアゼフはルーチェが下がった分だけ距離を詰めてきた。さすがのセルカも黙ってはいられなかったようで、公爵様、と声を上げていたが、アゼフがじろりと睨めつけた。

 アゼフはルーチェを見つめながら、にいっと口を開いた。

「聖女様は、あの男の妃になるおつもりですかな?」

 あの男とは、今の話からすると皇帝であるヴィルジールのことだろうか。

 思わず息を呑んだルーチェを見て、アゼフは目元の皺を増やした。

「あの男は、何の罪も犯していない我が娘と孫らを殺しました。そして王族を皆殺しにし、玉座についた」

 きっとご存知なかったでしょう、とアゼフは小馬鹿にするように嗤う。悪意しか感じられないことを一方的に聞かされたルーチェは、込み上がってくるものを堪えながら、きゅっと唇を引き結んだ。