亡国の聖女は氷帝に溺愛される

 セントローズという名を聞いたのは、つい最近のことだ。イージスの聖女を名乗っていたレイチェルという少女を連れてきたのが、目の先にいる男──セントローズ公爵だと、ヴィルジールが言っていた。

 レイチェルとはいつ、どこで会ったのか。彼女のことをどれくらい知っているのか。そうエヴァンが問いただしたそうだが、彼──アゼフは黙秘していたそうだ。

「──お初にお目にかかりますな。聖女様」

 アゼフは穏やかな笑顔を浮かべながら、ルーチェへ深々と頭を下げた。

「初めまして、セントローズ公爵様」

 ルーチェは努めて微笑みながら、淑女の礼で返した。

 アゼフはルーチェを上から下まで眺めると、距離を詰めるように歩み寄ってきた。それを見たセルカが一歩前に進み出て、それ以上ルーチェに近づかないよう牽制を図ろうとしていたが、アゼフには効かなかった。

「侍女は下がってくれないかね」

「しかし、陛下の許可なく聖女様に人を近づけるわけにはいきません」

「何を言う。私はその陛下の兄弟を産んだ妃の父親だ。まあ、その子らは陛下に殺されてしまったがね」

 アゼフは目を皿のようにして笑いながらそう語ると、セルカの肩をそっと押した。

 公爵が相手では逆らえないのか、或いは相手がセントローズ公爵だからなのか、セルカは押し黙った。心配そうにルーチェを見遣りながら、いつもの定位置であるルーチェの斜め後ろに下がっていく。