亡国の聖女は氷帝に溺愛される



「ルーチェ様。たまには城下に行ってみませんか」

 朝食後。日課となっている散歩で中庭を歩いていると、セルカがルーチェに提案をした。今日は城下町で花市が催されているから、たまには出掛けないか、と。

 花市とは、ヴィルジールが始めた催しだ。月に一度開かれているその市場では、誰でもどんなものでも売ることができるという。

「またいつか行きたいと思っていたので、是非行きたいです」

「では支度をしに、一度お部屋に戻りましょうか」

 ルーチェが笑って頷くと、セルカが先導するように歩き出した。

 離宮であるソレイユ宮が半壊してから、ルーチェは城の中心部である居館の一室に移り住んだ。新しい部屋はヴィルジールの私室と同じ階にあり、目と鼻の先である。

 居候同然であるルーチェが、皇帝であるヴィルジールの近くに住むことをよく思わない人がいるのではという話をしたが、彼は首を横に振った。

 顔を見たいと思った時に、すぐに行ける場所に居てほしい、と。そう面と向かって言われてしまったのだ。

 中庭を抜け、まだ見慣れない居館の入り口を潜ると、セルカがぴたりと足を止めた。

「セルカさん?」

 何かを踏んでしまったのか、或いは何かを見つけたのか。

 ルーチェが前に回ってセルカの顔を覗き込もうとしたその時、前方から一人の男性がこちらへと向かってきているのが見えた。

「セルカさん。あの方は?」

 密やかな声で尋ねたルーチェに、セルカは静かに告げる。

「──アゼフ・セントローズ公爵様です」

 どこかで聞いたことのある名に、ルーチェは記憶を巡らせた。