亡国の聖女は氷帝に溺愛される

 聖王は聖女であったルーチェにとって、比翼の片割れだとノエルは言っていた。そんな存在である人と再会し、やるべき事を終えたら──ここには戻ってこないだろう、と思う。

 ヴィルジールはルーチェの“イージスの聖女”としての役目を分かっている一方で、こうも考えていた。このままルーチェとして、この国で穏やかに一生を終えてくれたらと。

 自分の目が届くところで、笑ってくれていたら。あの幸福そうな微笑みを見たら、そんなふうにも考えてしまうのだ。

「……ねぇ、ジル」

 斜め後ろにいるエヴァンが、子供の頃のように呼んできた。即位してからは初めてのことで、流石のヴィルジールも眉を跳ね上げる。

 エヴァンは一歩、ヴィルジールとの距離を詰めると、隣に並び立った。

「皇帝というものは国のために在るひとつの生き物のようなものだと、私の祖父はよく言っていましたよね」

「……ああ」

「でも、貴方はヴィルジールというひとりの人間でもあるのですよ」

 エヴァンの焦げ茶色の瞳が、ヴィルジールへと真っ直ぐに向けられる。

「私は宰相として、貴方と共に在ると誓ったあの日から、この国のために、民のために、そして貴方のために──いつだって最善の道を選んできました。でも、私はヴィルジールの友人であるただのエヴァンとして、こうも思っているんです」

 エヴァンはこの上なく優しい微笑みを浮かべると、ヴィルジールの左腕に手を添えた。