「──この女が例の聖女か?」

 足元に物のように転がされた少女を、その男は冷めた目で見下ろしていた。

 少女は固く目を閉ざしている。肌は薄汚れ、布切れと言っても過言ではない粗末な服を着ていた。

「間違いありません。“難民”たちが口々に申していた特徴そのものです」

「まるで雑巾のようだな」

 聖女とは、唯一無二の力を持つ女人のことである。神が選ぶ国もあれば、類い稀なる力を持つことからその地位を与える国もあるが、選ばれし者であることに変わりはない。

 本当に聖女かどうか疑わしい(なり)をしている少女が、たった今男の前に連行されてきた。

 男は冷たい眼差しで少女を見ていたが、実物を見た今興味を失ったのか、静かに立ち上がる。

「適当な部屋に押し込んでおけ。ただし傷はつけるな」

「──はっ!」

 抑揚に乏しい声で言った男の顔を見ないよう、騎士たちは深く敬礼しながら去るのを待つ。

 息を呑むほど冷たいアイスブルーの瞳が、少女から逸らされる。さらりと揺れた男の髪は銀色で、顔は彫刻のように美しい。

 男が去ると、その場にいた者たちは力が抜けたのか、次々に息を深く吐いていった。


 ここは大陸の北にある大国・オヴリヴィオ帝国。その若き皇帝であるヴィルジールは、氷帝と呼ばれている。

 逆らう者には一切容赦のない、冷酷無慈悲で残忍なヴィルジールは、己の身ひとつで玉座を手に入れた男だ。