亡国の聖女は氷帝に溺愛される

「目を醒まして、よかった」

 それは、雪解けの春のような淡い微笑みだった。こんなにも優しい顔をしているヴィルジールを見るのは初めてで、ルーチェの目は釘付けになった。

 そんなふうに、笑う人だったのかと。こんなにも優しく笑える人だったのだと、知った瞬間だった。

 胸の奥深くから、じわりとあたたかいものが溢れてくる。それは瞬く間にルーチェの胸いっぱいに広がり、こぼれ落ちそうなくらいに心を満たしていった。

(わ、笑ってる……ヴィルジールさまが……)

 目を醒ましてよかったと、そう言ってから、彼は笑ったのだ。

 ルーチェは綻ぶように笑ってから、はい、と返した。

 それから、ヴィルジールは気が済んだのか、膝の上に乗せていたルーチェをソファの上に移動すると、立ち上がって伸びをした。仕事が溜まっているのか、書類や本が積まれている執務机の前に行き、渋々といった様子で椅子に腰を下ろした。

 しなやかな指先はペンを掴んだが、深い青色の瞳はルーチェへと向けられた。

「意識を失ったお前は、ほどなくして優しい夢を見ていたようだった。その記憶はあるか」

 ルーチェは両手を膝の上で重ね合わせ、目を細めながら頷いた。

「──はい。声が、聞こえていたのです。聖王様の声が」

 ルーチェの声に、ヴィルジールが驚いたように目を見張る。夜の海のような双眸を見つめ返しながら、ルーチェは聖王──ファルシと言葉を交わしたことを、ぽつりぽつりと語っていった。