亡国の聖女は氷帝に溺愛される

「顔を見せろ。さもなくば宮廷医を呼ぶ」

 恐ろしくあまい声に、ルーチェはひゅっと息を呑んだ。仕方なく顔を覆っていた手を下げると、視界いっぱいにヴィルジールの顔があった。大きくて広い手が、再び背中に添えられる。

 ヴィルジールは暫くの間、無言でルーチェの顔を見つめてきた。膝の上に乗せられ、逃げられないように手を添えられ、間近で見つめられ──ルーチェは倒れてしまいたくなった。

 だがそうなったら、今度こそ国中の医師が呼ばれてしまう、気がして。それだけは駄目だと、止めなければと自分に言い聞かせながら、込み上がる羞恥心と闘った。

 ヴィルジールはルーチェの額に手を当てたり、首筋に触れたり、脈を確かめるような動きを繰り返した。そうしてようやく納得したのか、ルーチェから手を離した。

「……どうやら熱はないようだな」

「言ったではありませんか。大丈夫だと」

「信用ならない。目の前で四度も倒れられてはな」

 うう、とルーチェは言葉を飲み込んだ。何度かヴィルジールの前で気を失ったことはあったが、まさか数えられていたとは。

「倒れたくて、倒れたわけではないのです」

「そんなことは分かっている」

 ヴィルジールの長い睫毛が揺れる。

 次の瞬間には、端正な美しい顔に、泣きそうなくらい柔らかな表情が浮かべられていた。