亡国の聖女は氷帝に溺愛される

 目の前にいたはずの青年──ファルシの姿は、弾けるように消えた。だけど、姿形は見えずとも、声が聞こえなくなっても、彼の命の光を感じ取ることはできた。

 ──やっと、逢えたのに。

 比翼の片割れだと、ノエルが言っていた。片方が命を落とせば、もう片方の命の灯火も消える、ふたりでひとつの存在。

 彼は今、何処にいるのだろうか。それを確かめるためには、この不思議な空間から、元の世界へと戻らなければならない。

 ルーチェは真っ暗な世界で、ゆっくりと瞼を下ろした。

 閉じた瞼の裏側では、声がふたつ聞こえた。
 ひとつ目は、青年──聖王ファルシの声だ。その声は水の中に潜ったような遠さで、ルーチェを呼び、何かを伝えようとしていたが、誰かに断ち切られたようにぷっつりと途切れた。

 ふたつ目は、よく聞き知った人の声だ。
 冷たいけれど、本当は優しくて。嘘偽りのない言葉しか紡がない、低くて、深くて、あたたかい声。その声に名前を呼ばれるだけで、嬉しくなった。光という意味がある、ルーチェの名を。

(──ヴィルジールさま)

 本当の名は分からないままだが、夢幻の意識の中で聖王に逢えたことで、分かったことがある。

 イージスを滅ぼしたのは、ルーチェではなく竜であったこと。聖王とルーチェは竜に敗れたこと。そしてイージスは草木一つない土地と化したが、ルーチェの光が数多の民の命を守ったこと。

 ヴィルジールの厚意に甘え、何をしたらいいのか分からないまま日々を過ごしていたが、ようやくやらなければならないことを見つけた。

(──聖王ファルシ様を捜し、竜を封じなければ)

 イージス神聖王国を滅ぼし、ヴィルジールの命をも脅かしたあの光の竜を、ルーチェは滅ぼさなければならない。その為には、聖王を捜し出す必要がある。

 ルーチェは大きく息を吸い込み、目を開けた。