亡国の聖女は氷帝に溺愛される

「(何を言っているんだ。国を滅ぼしたのは竜の怒りの業火だ。貴女は何一つ悪いことなどしていない)」

(でも、でもっ……皆が言っていたのです)

 青年の腕の中で、ルーチェは泣き出した。啖呵を切ったように溢れ出した涙は止まることなく、ぼろぼろとこぼれていく。

「(誰が何を言ったのかは知らないが、貴女はその身を犠牲に、民を守ろうとしていた。……私が至らなかったばかりに)」

(わたしが……?)

 青年はルーチェの目を見て頷く。身を屈め、額同士を軽く当てると、碧色の瞳に涙を滲ませた。吐息が触れ合う距離だというのに、不思議と心は凪いでいる。

「(貴女が無事でいてくれて、ほんとうによかった)」

(……聖王、さま)

 ルーチェが聖王と呼んだことに驚いたのか、碧色の瞳がほんの一瞬だけ揺れ動いた。

「(……貴女の口から、そう呼ばれる日が来るなんて。思いもしなかったな)」

 青年は眉を下げながら微笑うと、ルーチェの頬を伝う涙を指先で優しく拭っていく。

 その手の温もりは記憶のどこにもいないのに、身体は憶えていたのか、彼に触れられるのは嫌ではなく、目を細めてしまうほどに安らぎを感じた。

(……私はあなたを、何と呼んでいたのですか?)

 ルーチェの問いに、青年は瞬くように微笑った。

「(───ファルシ、と)」

(ファルシ、さま? では、あなたはわたしを、何と呼んでいたのですか)

「(聖女、と。ふたりきりの夜では──)」

 青年が続きを紡ごうとしたその時、視界がぐにゃりと歪み、目に映るもの全てが渦を巻くように形を失った。様々な色が混じり合い、歪な空間へと化していく。