亡国の聖女は氷帝に溺愛される

(わたし…わたしは、あなたのことを…)

 青年が誰であるのか、その正体は本能が告げている。こうして手を伸ばせば触れられる距離で対面した時から、手を握りたい、頬に触れたい、彼の腕の中に飛び込みたいという欲が出ているからだ。

 夢まばろしで目にした彼の姿、何処からか聞こえていた声は、間違いなく目の前の青年と同じもの。

 ルーチェは震える唇で声を絞り出そうとしたが、なにも奏でられなかった。

「(──目を見ておくれ。私の聖女)」

 ルーチェの頬に、滑らかな白い手が添えられる。

「(──貴女は、私のことが分からないんだね?)」

 切ないくらいにあたたかい声に、ルーチェは頷き返した。

「(あの日……貴女は私と民の命を守るために、力を解放した。その代償として、記憶を喪ってしまったのだろう)」

 ルーチェは瞳を大きく揺らしながら、唇を震わせた。

(……わたしは、国を滅ぼしたのではなかったのですか)

 ルーチェは自分の耳で聞いたのだ。怒りに震えながら訴えてきた民の声を。何も憶えていなかった自分を、亡国の民は“聖王をころし、国を滅ぼした聖女”だと言った。

 確かに聞いたのだ。どうして生きているのかと問うてきた子供の声を。自分のせいで焼け野原になったという涙声を。母を返せ、這いつくばって詫びろ、そして死ねという罵声を。

 ルーチェの正体が、罪を犯した聖女であることは確かなことなのに。

 青年は首を左右に振り、ルーチェの身体を思い切り抱きしめた。