亡国の聖女は氷帝に溺愛される

 麗らかな春のようなその声を、ルーチェは知っている。

 聖女の力の使い方も、魔力も、記憶も喪っているけれど、その声が誰なのかはすぐに分かった。 

(……聞いたことのある声だわ。何度も)

 ルーチェを呼ぶ声は、夢現な世界で何度も耳にしたものだ。黄金色の髪と碧色の瞳を持つ、美しい青年のもの。

 閉じた瞼の裏側で、ゆらりと定まっていなかった意識がはっきりと鮮明になっていく。深い森を抜け、一面の草原に出るように──ルーチェは瞳を開けた。

 飛び込んできたのは、真っさらな空間で。そこには光を纏う美しい青年が、黄金色の髪を揺蕩わせながら、静かに佇んでいた。

「(──ああ、ようやく貴女の光を感じることができた)」

 青年の美しい顔がくしゃりと歪む。こぼれた声は消えてしまいそうなくらいに弱々しかったが、ルーチェの耳に焼け付くように残った。

(あなたは──……)

 ルーチェは顔を上げて、青年を見つめ返した。
 陽色の髪に、透き通るような白い肌。澄んだ碧色の瞳は力強い光を宿していて、吸い込まれそうだ。

「(私のことが分からないのかい?)」

 ルーチェは首を左右に振りながら、服の胸元をくしゃりと掴んだ。