亡国の聖女は氷帝に溺愛される

「顔を見た瞬間、気持ち悪さと頭痛でどうにかなりそうだった。あの女は俺の魔法を光に変え、無効化した」

「無効化……ですか。あの女性は何者なのでしょうか。レイチェル、とノエルさんは呼んでいましたが」

「イージスの聖女を名乗っていた。目的は分からないが、お前が張った結界を破ったそうだ」

 ルーチェは目蓋を震わせた。ヴィルジールの傷を癒した時に結界も張ったと聞いていたが、実感はまるでなかった。だが、それが失われてゆく感覚はあった。

 レイチェルに襲われ、光の輪のようなもので四肢を縛られ──それから下の階に落っこちた時に、感じたのだ。ルーチェと何かを繋いでいたものが、ぷっつりと切れるのを。

 その時、その瞬間をさいごに、ルーチェは身体に力が入らなくなり、意識が途絶えた。

「翼は聖女にとって大切なものだと聞いた。それと引き換えに、張っていたとも」

「翼が何なのかは分からないのですが、どこへやったのかと怒られてしまいました」

「誰にだ?」

「襲われる前に、私を呼んだ光にです」

 ヴィルジールの青い瞳がルーチェへと向いた。探るように、確かめるようにルーチェの菫色の瞳を見つめた後、ゆっくりと逸らされる。

「それは聖女ソレイユに違いないだろう。……俺の前にも現れた。一度目は朧げな姿で、二度目は小さな光で」

 ルーチェは静かに息を呑んだ。

 ソレイユというのは、ルーチェにあてがわれた離宮と同じ名前だ。聖女と縁のある地とされ、庭には小さな石碑が建っている。