「……エヴァン」

「何でしょうか。今日限りでクビだーっていうのは、もう聞き飽きましたよ」

「今すぐ玉璽を返せ。そして部屋に戻り、半日ほど気絶していろ」

「……はい?今なんて?」

 ぱちくり、とエヴァンは瞬きを繰り返す。夢のようなことを言われたので、そっと頬を抓ってみたが、ちゃんと痛みがあった。どうやら現実のようだ。

 ぽかんと立ち尽くすエヴァンの上着のポケットに、ヴィルジールが手を突っ込む。ごそごそと中を弄り、目的のものを取り出すと、ヴィルジールは唇を横に引いた。

「二度言わせる気か? ──夕刻、執務室に来い」

「……え、え……ええ?」

 呆気に取られているエヴァンを置いて、ヴィルジールは歩き出した。

 エヴァンはへちゃりと座り込んだ。

「…………あの陛下が、休みを下さるなんて」

 ──オヴリヴィオ帝国の宰相に就任して十年。命の危険を感じながら、休みなく働かされること十年。

 ヴィルジールの口から半日休めという言葉を初めて聞いたエヴァンは、この世のありとあらゆるものに感謝を捧げながら、全速力で自室へ向かった。