亡国の聖女は氷帝に溺愛される

「……ソレイユ様。聖女にとって、翼はとても大切なものだと聞いています。それは来たる日に使うものだと」

『ええ、そうですね。わたくしの後の聖女たちも、そのようにしていたはずです。ですが、たとえ引き換えにしてでも──守りたいものがあったのではないでしょうか』

 ノエルの瞳が揺れる。彼もソレイユも、痛ましげにルーチェを見つめている。

『王の子よ。聖女を降ろしてください』

 ヴィルジールは黙って頷き、ルーチェをゆっくりと降ろした。

 冷たい夜風に吹かれて、ルーチェの肩や腕の傷が露わになる。髪で隠れていたせいで、気が付かなかった。レイチェルに襲われた時のものだろう。

 ソレイユが音もなくルーチェに近づく。白い右手を頬に添え、左手でルーチェの手を握ると、こつんと額を合わせた。

『運命の聖女よ。わたくしの残りの力をあなたに捧げます。これできっと、あなたの聖王の居場所が分かるようになるはずです』

 ルーチェを挟んだ向かい側にいたノエルが、がくっと膝をついた。縋るような目でソレイユを見ながら、碧色の瞳を潤ませる。

「ソレイユ様……!聖王様の居場所が分かったら、聖女は記憶も力も取り戻せますかっ……?!」

 ふ、とソレイユが消えそうな微笑みを飾る。そして身体中からまばゆい光を発すると、ルーチェを包み込んだ。

 溢れんばかりの光がこぼれ、ヴィルジールとノエルまでもを覆う。この世の全ての闇を掻き集めても、彼女の光には敵わないだろう。それほどまでに、はじまりの聖女であるソレイユの光はとても強く、神秘そのものであった。

『どうか、聖王とともに、わたくしの剣で──あの方を、救ってください』

 ソレイユはルーチェに向かってそう囁くと、呆然と光の束を見つめていたヴィルジールへ目を向ける。彼女はこの上なく美しく微笑みながら、瞬きをするように消えた。