亡国の聖女は氷帝に溺愛される

 初めてソレイユと言葉を交わした時、彼女は時間がないと言っていた。何百年という月日を待っていたからなのか、元より消えつつあるものだったからなのかは分からないが。

 ソレイユは左手でルーチェの頬を、右手でヴィルジールの頬に触れ、懐かしむように、愛おしむように撫でると、最後の力を振り絞るかのように唇を開ける。

『遥か昔、この地の王と約束をしたのです。いつか巡り巡ったわたくしの魂が、この地を訪れたら……聖女の剣を返すようにと』

「その聖女の剣というものを、俺は聞いたことがない」

 ソレイユは微笑みを浮かべながら、ゆったりと首を左右に振る。そして二人から手を離すと、胸の前で両手を重ね、目蓋を下ろした。

『王の子よ。わたくしと約束を交わした者の名はヴィセルク。青い瞳の美しい少年でした』

 ヴィルジールは目を見張った。
 ──ヴィセルク。それはこのオヴリヴィオ帝国の初代皇帝と同じ名前だ。彼の治世は、何百年どころか千まで遡る。

 黒色の睫毛が揺れる。ソレイユはうっすらとまぶたを持ち上げ、憂うような表情でルーチェを見た。

『翼をどこへやったのかと思えば……あれと引き換えに、あなたはこの国に結界を張っていたのですね。レイチェルとやらに破られてしまいましたが』

 ルーチェには翼があったのだろうか。ともすると、空を飛べたのだろうか。意味が分からずヴィルジールは困惑していたが、ノエルはその意味を理解していたようで。