亡国の聖女は氷帝に溺愛される

 そもそも彼女は何者なのだろうか。何故ルーチェを襲い、ノエルが直ぐに駆けつけることが出来たのか。下の階にヴィルジールが待機していたと思われるが、二人は彼女のことを知っていて──ルーチェが襲われることを予測していたのだろうか。

 ルーチェが無意識に一歩、足を前に踏み出したその時。
 思考を妨げるほどの冷気が、辺り一帯に漂った。

「貴様の用件は俺が聞く」

 恐ろしく冷たい声を吐いたヴィルジールが、煌々と光る氷の剣を手に進み出る。彼のそんな声を聞いたのは久しぶりで、ルーチェは目を大きく開いた。

 ──怒っている。それも途轍もなく。
 静かながら、明らかに怒気の滲んだ声だ。

「わたくし、貴方に用はないの。眠っててくださる?」

 赤く染まったレイチェルの目がヴィルジールへと向けられる。彼女は両手を広げ、細い竜巻のような風を起こすと、ヴィルジールへと向けて放った。

 だが、その風は凄まじい速さで降りてきた小さな光が遮断した。ルーチェを呼んだ光──聖女ソレイユの光が、ヴィルジールの盾となり、全てを消失させたのだ。

 突然目の前に現れた光を見て、ヴィルジールは目を見張っていたが、レイチェルはさほど驚いてはいないようで。

「……まあいいわ。わたくしの目的は果たしたから」

「果たしただと?」

 レイチェルは妖艶に微笑むと、ぶわりと風を起こして宙へと消えていった。