亡国の聖女は氷帝に溺愛される

 少女は梳いてもらった髪に触れた。手入れをしてもらったからか、さらさらになっている。窓から差し込んでくる陽を受けて、今は黄昏色だ。

「私は、聖女なのでしょうか」

「そのようにお見受けいたします」

 少女の小さな呟きに、セルカは淡々と返事をした。
 少女は陽色の髪に視線を落としたまま、ぽつぽつと声を落としていく。

「聖女とは、何なのでしょうか」

「唯一無二の力を持った、なくてはならない御方です」

「聖女は、何をするのですか」

「聖なる力を持って、邪なる魔を退け、浄化してくださいます」

「聖女は、何をしたのですか」

 目の前の引き出しに髪の手入れ道具を入れていたセルカの手が止まる。それから少女を振り返ると、驚いた顔を見せた。

「……本当のことを、私は存じ上げません」

「聖女は、聖王という方を殺め、国を滅ぼしたのでしょうか」

「オヴリヴィオの民である私には、知る術がございません。ですが、イージスの民はそのように申しているそうですね」

 少女は手のひらを握りしめながら、意を決したように顔を上げた。

「では、その方たちの元に、私を連れて行ってくださいませんか」

 セルカが理由を尋ねるよりも先に、少女が席を立った。迷いのない足取りで扉の前に行くと、見張りの騎士に声を掛けている。

 その背をセルカは呆然と見つめていた。目を醒ましてから不安げな顔をしていた少女が、毅然とした態度で騎士と対話をしていたからだ。