亡国の聖女は氷帝に溺愛される

 それからふたりの間には沈黙が流れ、各々の仕事を片付けていった。無理難題を言うヴィルジールと、皇帝が相手でも笑みを崩さないエヴァン。ふたりは子供の頃からの付き合いで、遠慮なく文句を言い合える仲だ。

 ふと、エヴァンは手を止めてヴィルジールを見遣った。

「そういえば、聖女様はどうされたのです?」

 聖女という単語に反応したのか、ヴィルジールの眉が微かに動く。
 ヴィルジールは長い脚を組むと、顔を上げた。

「どうもしていない。魔力も記憶も喪失しているようだったが、あの小娘が本当に聖女なのか?」

 隣国、イージス神聖王国が光を放ち、その直後に全てが消えたのは、つい五日前のことだ。至急編成した調査隊を向かわせようとした時、国境が人で溢れかえった。

 そこにいた人々は、こう訴えたのだ。──聖女が聖王をころした。国も消した、と。

「……黄金の髪と菫色の瞳を持つ、とイージスの民は言っていたんですけどね」

「黄金だと?」

 ヴィルジールは初めて表情を変えた。その拍子に手に持っていたペンのインクが漏れ、書いたばかりのサインが滲んだ。

「綺麗な黄金色の御髪(おぐし)でしたが」

 穏やかなエヴァンの声を遮るように、ヴィルジールは席を立った。宝石のような青い瞳に光が差し、波打つように揺れる。

「……黒だ」

「はい?」

「俺の目には、黒色に映った」

 片手で前髪を掻き上げたヴィルジールの表情を、エヴァンは息を呑んで見つめた。