亡国の聖女は氷帝に溺愛される



からんころん、と。懐かしい音が聞こえる。だがそれが何の音だったのかは思い出せない。ただ漠然と、懐かしいという思いばかりが溢れている。

 ふいに、自分を呼ぶ声が聞こえたような気がして、ヴィルジールは目を開けた。

(──どういうことだ? ここは?)

 何もない世界だ。触れられるものも、目に映るものも、全てが無。だが何かがヴィルジールを捕らえ、奥深くに引き摺り込もうとしている。それだけは分かっていた。

 一歩先すら見渡せないほど真っ暗な闇の中、水の中に潜っているような声が繰り返され、ヴィルジールの身体に蔦のように絡みついてくる。気を抜いたら落っこちてしまいそうだ。

 この夢から抜け出すにはどうしたらいいのか。絡みついてくる何かを振り払いながら、必死に声を上げる。

 だがいくら動いても、目を凝らしても、そこは無でしかなく、ヴィルジールはさらに奥へ奥へと引き摺り込まれていった。

 その時、声が聞こえた。ヴィルジールの名を呼ぶ声が。

 ──ヴィルジールさま。

 ひとひらの雪のように儚げな声が、ヴィルジールを呼んでいる。

(──その、声は……)

 暗闇の中、ヴィルジールは耳を澄ませた。花を揺らす風のような声を、一音も聞き逃さないように。

 ──ヴィルジールさま。

(……何故、呼ぶんだ)

 自分を呼ぶ声は今も聞こえている。それが誰の声なのかも分かっている。だけど、何故呼んでいるのかが分からない。

 だが、切々と響くその声に耳を傾けているうちに、右手があたたかいことに気づいた。