亡国の聖女は氷帝に溺愛される

 花も飾りも窓すらもない長い廊下をひた走る。息が切れ、途方もなく遠く感じるその道のりの途中で、鼓動ばかりが速くなっていった。

 切れる息、激しく高鳴る胸に気付かぬふりをして、必死で廊下を走る。やっとの思いで角を曲がると、目の前には初めて見る男性に支えられるようにして歩くヴィルジールがいた。

「ヴィルジール様っ……!」

 ルーチェは転がるように駆け寄り、ヴィルジールの顔を見上げた。

 ただでさえ白い顔が、生気を失ったように蒼白だ。唇の色も悪く、何かを訴えているのか、或いは寒いのか──小刻みに震えている。

「……貴方が聖女様ですか?」

 ヴィルジールを支えている男性が、ルーチェを見て大きく目を見開く。その瞳の色はヴィルジールのものよりも薄いが、曇り一つない晴れ空のように澄んでいる。

 初めて見る顔だが、ヴィルジールが肩を預けているくらいだ。エヴァンのように、気の許せる相手なのだろう。

 ルーチェはただ一言、ルーチェと申しますとだけ短い挨拶をし、二人の後を追った。

 来た道を少しだけ戻り、ひっそりと佇む階段を上る。ヴィルジールの私室はさらに上の階にあるらしく、介助をしている男性は「自動昇降機があったらいいのに」と呟いていた。