亡国の聖女は氷帝に溺愛される



 皇帝の執務室のドアが乱暴に開け放たれる。無論そのようなことを出来るのは、この国でただ一人しかいない。

「──おや、お早いお戻りで」

 謁見の間へと行ったかと思えば、すぐに戻ってきたヴィルジールを、エヴァンは笑顔で出迎えた。

 ヴィルジールはエヴァンの前を無言で通ると、濡羽色の椅子に背を預けた。目の前の机には、ヴィルジールの判を待つ書類で山積みだ。

 一番上にあった書類を面倒そうに手に取ると、ヴィルジールは柳眉を寄せた。

「……何のために貴様がいる」

 エヴァンはニ、三度瞬きをすると、満面の笑みで追加の書類を重ねて置いた。どれもこれも皇帝の裁可が必要な事案だというのに、全部やっておけと言わんばかりの反応をされるとは。いよいよ意識がどこかに飛びそうだ。

「帝国の民のために、日々働いておりますよ」

「お前は俺の下僕だ。勘違いをするな」

 どうやらこのオヴリヴィオ帝国においての宰相とは、皇帝に次ぐ政治的権力を持つ者ではなく、年中無休で皇帝の手となり足となる者のようだ。

「怖い怖い。国と民のためでなく、皇帝陛下に尽くせと仰いますか。こんなに働いていますのに」

「無駄口を叩く暇があるなら働け」

 エヴァンは今度こそ肩を落とした。