亡国の聖女は氷帝に溺愛される

「いかにも。こちらにも聖女様がおられると聞いたのですが、御目通りは叶いますでしょうか?」

 感情の見えない菫色の瞳は、ヴィルジールだけを見つめている。その眼差しは圧倒するような何かを宿していて、視線が絡まるだけで気持ちが悪くなった。

 ヴィルジールが耐えかねたように口元にも手を当てたその時、柔らかな焦げ茶色の髪が視界を覆った。

「聖女様はお休みになられておりますので、別の日に」

 盾となるように、エヴァンがヴィルジールとレイチェルの間に立つ。それを隙と判断したのか、セシルがヴィルジールの腕を肩に乗せ、力強く引き上げた。

「兄上、少し休みましょう。顔色が悪いです」

「……エヴァン」

 セシルに半分担がれるようにして立ち上がったヴィルジールは、間に割って入ってくれたエヴァンの名を呟いた。一瞥もくれてやれないというのに、エヴァンはいつものようににっこりと笑って、ヴィルジールに一礼する。

 そして凛と視線を正すと、宰相の仮面を被った。

「セシル皇子、陛下をよろしくお願いいたします」

「お任せください。さあ兄上、行きましょう」

 セシルに引き摺られるようにして、ヴィルジールが玉座の間を出ていく。見届け終えたエヴァンは、レイチェルと名乗った少女を玉座の隣から見下ろし、焦茶色の目を細めた。

「……ご気分が優れないのでしたら、わたくしが癒しましたのに」

「結構ですよ。我が国にも聖女様がおりますので」

 エヴァンは微笑みを飾りながら、ゆっくりと短い階段を下りていった。