亡国の聖女は氷帝に溺愛される

 残されたエヴァンは、ポカンとした表情で立ち尽くす。

「……身支度なんて五分で終わる貴方が、何を言ってるんですか」

 エヴァンは両手で髪をわしゃわしゃと掻きながら、その場に座り込んだ。

「寝ていた聖女様を置き去りにできなかったから、運んできたのは分かりましたが……ていうか!」

 エヴァンは頭を押さえながら、くるりと右手にある扉を見上げる。そこはヴィルジールの執務室であり、中にはヴィルジール愛用の机と椅子、エヴァンがよく座っている長ソファが一つと、サイドテーブルと本棚しかない。

 眠っている女性を、何故執務室に運んだのだろうか。

(ま、まさか……!)

 エヴァンは慌てて立ち上がり、転がる勢いで扉の前に行くと、ドンドンと強く叩き始めた。

「陛下ー!!執務室に女性を連れ込んで、何をなさっているのですかーっ!?」

 皇帝の執務室の扉を叩きながら、声を張り上げるエヴァン。それを偶然目にしてしまった騎士は硬直し、その後ろにいた使用人は茶葉の缶を手から滑り落とした。ヴィルジール愛用の茶葉が、白い石の床にぱらぱらと散らばる。

「い、いけない……!私ったら、耳がおかしくなって、手元が……!」

「お、俺もだ。騎士たるものが剣を落とすなど……!いくら目がおかしくなっていたとはいえ!」

 騎士と使用人は慌てて落とし物を拾い始めた。そうしている間にも、執務室の扉を叩く宰相の声が聞こえた気がしたが、ふたりは必死に目を背け耳を塞ぎ続け、脱兎の如くその場を後にした。