亡国の聖女は氷帝に溺愛される

 ──触れて、想って。遠ざかんとする光を求めて。

 それは、もう誰も失いたくないと願った時に聞こえた言葉だ。相手に触れ、その人を想い、光を求めなさい──と。

 そしてその声は、光で満ちた世界で目にした、美しい青年と同じもの。

「……そのことばを、聞きました。ヴィルジールさまの手を握った時に」

 ルーチェの頬にノエルの手が添えられる。鼻先にかかった吐息がくすぐったくて、ルーチェは反射的に目を開けてしまった。
 同じように、ノエルも目を開けていた。

「きっと、聖王様だろうね。貴女を導いているんじゃないかな」

「……ならば私は、聖女としての力を取り戻し、お捜ししなければなりませんね」

 きっとどこかで生きている、聖女であったルーチェと命運を共にする聖王。片翼である彼は今、何処にいるのだろうか。

 その行方を知るためには、ルーチェが力を取り戻すことが鍵となるに違いない。そう直感が告げている。

 ノエルの身体が離れる。少し後ろに下がった彼は、静かな微笑みを浮かべながら、ゆっくりと頷いた。

「淑やかな今の貴女も良いけれど、僕は前の貴女にも会いたいな。木登りしてドレスを引っ掛けて、聖王様に怒られてた」

「木登り……?私がですか?」

「他にも色々あるけど、聞きたい?」

 ルーチェはくすくすと笑いながら、首を左右に振った。

「お気持ちだけ頂きます。……また、教えてください。私や聖王様のこと、イージスのことも」

「もちろん。暫くの間、仕事でこの国に滞在してるから、いつでも声を掛けて」

「ありがとうございます。ノエルさん」

 ルーチェは深々とお辞儀をしてから、積まれた本を数冊持ち上げ、書庫を後にした。