亡国の聖女は氷帝に溺愛される

 以前会った時は、その胸元には黄金の月の模様があった。今思えば、あれがマーズの紋章なのではないだろうか。

 かつてルーチェがいた国──イージスのものではないということだけは、不思議と断言できる。

「それで、何の本が欲しいの?」

「魔法、と……イージスに関するものが読みたいです」

 ノエルは頷くと、ゆっくりと右手を挙げ、指先に光を纏わせた。そして、そのまま素早く右に動かす。次の瞬間には、するりするりと本がいくつか棚から抜け、机の上に積み重なっていった。

「す、すごい……」

 ルーチェは感嘆の息を漏らした。ノエルの魔法を見たことは何度かあったが、やはり奇跡と神秘の塊だ。

 ノエルの指先に導かれるようにして、本のページがぱらぱらと捲られていく。その様をルーチェは目を輝かせながら見ていた。

「変わらないね。そういうところ」

 ノエルがこぼれるように笑う。魔法で取り出した本のうちの一冊をルーチェに差し出すと、風に遊ばれた髪を一房耳にかけた。その拍子に、菫色のイヤリングが揺れた。

「貴女は僕が魔法を見せるたびに、すごいすごいって……手を叩きながら、子供みたいに喜んでたな」

「私が、ですか?」

「そうだよ。お転婆で、泣き虫で……いつも笑ってた」

 ルーチェは開きかけた唇を閉じ、ノエルに渡された本を胸の前で抱きしめた。