私の居場所は、先生の隣!

 何日か経って、皆川先生は、数学の吉川先生の隣で補助をする事になった。

 「じゃあ、ここからは皆川先生にやってもらうから」

 吉川先生はそう言った後、黒板の前から横に退く。

 皆川先生は、少しだけ顎を引いて前に出てきた。

 スーツのジャケットは着たまま、手には白いチョーク。

 無表情なまま、黒板の中央に『一次関数』と書いた。

 その字が、びっくりするくらい整っている。

 まるで教科書の活字みたいに真っすぐで、左右のバランスがぴったりそろってる。

 「教科書の30ページの例題一から」

 前置きは全くなかった。

 皆川先生は、そこに書いてあった問題を黒板に書いていく。

 カツカツという音のリズムは、吉川先生より、ずっと速い。

 息継ぎしてないんじゃないかってレベルで、どんどんと黒板を埋めていく。

 「…………」

 見ていた私は、その姿に違和感。

 何に?……って思ったけど、そうか、全然、教本を見ないで写してたから、変な感じなんだ。

 皆黙って見てる。私もそうなんだけど……。

 「例題一のこの部分を答えてください。前から三番目の……」

 榎本君が差された。

 「えっと‥‥すみません、分かりません」

 「では、その後ろの人」

 「えっと」

 佐々木さんはしばらく黒板を見てたけど、

 「14Xです」

 「正解です」

 褒めるでもなく、淡々と授業を進めていく。

 終り頃、先生は一歩下がって黒板全体を眺めた。

 「……ここまでで質問は?」とだけ言ってきた。

 手を挙げたのは一人。私の前の席の男子。

 「この部分、なんでこうなるんですか?」

 「…………」

 先生は、表情ひとつ変えずに黒板の左端へ歩き、もう一度別の式を書き出した。

 「ここを展開すると、こことここが打ち消し合う」
 
 チョークの動きは無駄がない。言葉はすごく簡単。

 丁度、授業終りのチャイムが鳴った。

 皆川先生が脇に寄ると、吉川先生が変わって教卓の前に出た。

 「皆川先生の授業は非常に分かりやすかったと思う。明日、また先生にやってもらう予定だからな。ちゃんと予習しておけよ」

 「起立!」

 椅子が一斉に引かれる音。私も立ち上がる。

 「礼!」

 軽く腰を折ると、皆川先生も同じように頭を下げた。

 「着席!」

 机の脚が床にぶつかる音が一斉に響き、いつもの日常に戻る。

 皆川先生は黒板消しを片手に、静かに教室を出ていった。

 その背中を、私はしばらく目で追ってしまった。

 先生の授業は分かりやすかったと思う。

 だけど、クラスの評判が悪かった。

 他の先生や、他のクラスの実習生と違って、全然、余計な話をしないし、授業の質問以外には、何も答えない。

 一週間もすると、皆川先生に熱を入れてた女子は、段々と冷めてきたみたいで。

 それほどまでに先生はクールだった。