【書籍化】聖騎士様と始める異世界旅行事業 ~旅行会社の会社員でしたが異世界に転生したので起業します~

「あ、おい、セシィ!」
「フィオナ! 勝手に動くんじゃない! 危険だ!」

 互いに向かって駆けだしたセシリーナとフィオナ。その様子を見て、付き添っていたアベルと竜王が同時に制止する。けれども殿方の心配など露知らずで、セシリーナとフィオナは互いに抱き合って無事を確かめ合う。

「フィオナ、本当にまた会えてよかった……!」
「先輩こそご無事で何よりです! まさかこの場所で再会できるとは思いませんでした」
「うん。火の精霊イフリートにフィオナと竜王がここにいるって聞いてね。後を追いかけてきたんです」

 説明すると、フィオナはなるほどと頷いた。アベルと竜王も、お互いに牽制しながらもこちらに歩み寄ってくる。自分とフィオナが緩和剤の働きをして、アベルと竜王の一触即発を避けられていた。
 ここはこのまま穏便に行こう――とセシリーナは竜王に目線を向ける。

「竜王、またお会いできまして何よりです。改めまして私はセシリーナ・シュミット。精霊使いです」
「ああ。私は名をラルフォードと言う。仲間内はラルフと呼ぶ。そう呼んでくれて構わない」
「はい、ラルフ! ひとまず今は休戦でお願いしますね」
「それが良さそうだな」

 セシリーナは先手必勝とばかりに手を差し出し、ラルフと握手を交わす。
 初めて出会ったときはずいぶんと傲慢不遜そうな人物であると感じたけれど、こうして実際に言葉を交わすと冷静で落ち着いた人物であるようだ。伊達に竜王を名乗ってはいない。
 アベルが自分を落ち着けるように長く息を吐く。

「……わかった。ここで争うのは無意味だもんな。聖騎士のアベルハルト・ローレンス。アベルと呼んでほしい。よろしく頼む、ラルフ」
「ああ。互いに思うところはあるだろうが今は置いておこう。こちらこそよろしく頼む、アベル」

 アベルとラルフがためらいながも握手を交わす。互いに苦虫を噛み潰したような顔だ。宿敵同士という立場上、譲れない思いもあるだろう。けれども状況を弁えているあたり、二人とも大人だ。
 フィオナがにこにこと笑んだ。

「皆さんで仲良くやっていけそうで良かったです! 先輩もわたしもこうして転生させてもらえたわけですし、次こそ楽しく幸せな人生を送りたいですもんね!」
「転生?」

 フィオナが何気なく言った単語をアベルが目ざとく拾う。

(まずい……っ!)

 転生のことはまだ誰にも言っていないのだ。あらかじめ事情を知っていたヒースを除き。
 青くなっているセシリーナの心中を察したのか、フィオナが自分の口を押さえる。しかし時すでに遅し。アベルがセシリーナを追求する。

「……セシィ。おまえ、何か隠しているな?」
「う……」
「別に無理に聞こうとは思わねぇけどさ。俺が聞いても良いことなら教えてほしい。俺、おまえのことは、その、なんでも知りたいんだよ」
「…………!」

 照れてそっぽを向きながら言うアベルに、セシリーナは真っ赤になって固まる。
 ――そ、それは反則でしょう!
 そんな言い方をされたら、言わないわけにはいかないではないか。
 フィオナが自分も赤くなりながら顔を覆った。

「きゃああ! セシィ先輩と聖騎士様ってそういうご関係だったのですね!?」
「ちちちちち違っ……」
「まぁまぁ、照れなくてもいいじゃないですか、先輩!」
「フィオナ。調子に乗るな」

 暴走気味のフィオナをラルフが諭している。セシリーナはアベルを窺うように見上げる。彼と目が合ってしまって、二人同時に逸らした。気恥ずかしい。

(アベル……)

 彼はずっと、自分のことを信じてくれて旅行事業を応援してくれた。その信頼に応えるべきだ。彼に隠し事などするべきではない。
 セシリーナは短く息を吸うと、アベルを真っ直ぐに見つめる。

「アベル、今まで黙っていてごめんなさい。じつは私とフィオナは転生者と呼ばれる者で――」

 セシリーナは、前世で仕事中に事故に遭ったこと、その直後に女神にこちらの世界に転生させてもらったこと、そのときに精霊使いの力を授かったことを伝えた。
 ひと通り話を聞き終えたアベルは、感心したふうに息を吐く。

「ふうん。前世の記憶がある人間もいるんだな」
「意外とあっさり受け入れてくれるんですね!?」
「まぁ、疑っても仕方ねぇし。おまえの旅行事業がそれを物語っているしな」

 思わず突っ込んでしまうセシリーナに、アベルが肩を竦める。転生者だなんて、きっと信じてもらえないだろうと思っていたけれど杞憂だったようだ。アベルは今度はフィオナとラルフに目を向ける。

「転生のことはわかった。次。おまえたちはここで何をしていたんだ? 何かわかったのか?」
「それなんだが、これを見てもらえないか」

 ラルフが、フィオナが腕に抱えていた古びた本を手で示す。所々痛んだ臙脂色の表紙をしていた。金字でタイトルらしき文字が書かれている。

(ん? あの文字――)

 フィオナが持つ古本に描かれていたのは、火の村アグニスで見た英語で間違いなかった。