あなたの家族になりたい

 その日は、瑞希さんがホワイトデーのお返しにデザートビュッフェへ連れて行ってくれる約束だった。

 昼ごはんのあと、出かけるお義父さんとお義母さんを見送って、瑞希さんが少しだけ畑に出るというのを見送った。

 私の仕事は午前中にほとんど終わらせていたから、残りはすぐに終わる。

 洗濯物を取り込んで畳もうとしたところで玄関で呼び鈴が鳴った。


「はーい」

「久しぶりね、澪」


 扉を開けると、そこにいたのは母だった。

 もう、そのあとのことはあまり覚えていない。

 いつもみたいに母にあれこれ問い詰められるけれど、早口すぎて何を言われているのか、何を聞かれているのかちっともわからない。


「……私、私は……」

「あなた、やっぱりなんの役にも立たないで由紀さんに迷惑ばかりかけているのね」

「そんな、こと……」

「まともに返事もできないじゃない。愛想を尽かされる前に帰ってらっしゃい」

「……やだ、それは……やだ」


 戻りたくない。

 私がただいまと言いたいのは瑞希さんだ。

 でも、それを口にするのが怖い。

 母に頭ごなしに否定されたらどうしよう。


「澪……?」


 玄関が開いて、瑞希さんが帰ってきた。

 母と少し話して、私を庇うように間に立つ。



「……澪」

「……っ」

「澪、俺の顔を見ろ」


 私は瑞希さんの後ろで縮こまることしかできない。

 なのに、瑞希さんは私を真っ直ぐに覗きこんで名前を呼んでくれる。


「澪」

「……は、はい」

「今日、約束してたの覚えてるか?」

「え……っ? えっと、夕方から、出かけるって」

「うん。デザートビュッフェに行こうって約束してただろ。お前はイチゴが好きだけど、時期が外れているから、それは今度。今日はメロンやサクランボがあるらしい」


 瑞希さんは、今、なんて言っただろう。


「……私、イチゴ好きって言いましたっけ……?」

「見てりゃわかる」


 もう、それだけで胸がいっぱいになった。

 どうしてこの人は、私のことをこんなにちゃんと見てくれるんだろう。


「で、だ。お前の母親は、お前と話をしたいらしいけど、澪はどうなんだ? 話したいこと、ある?」


 私はゆっくりと首を横に振る。


「ない……です……」

「そう」


 瑞希さんは頷いて、母の方に顔を向ける。


「澪、あなた……!」

「お引き取りください。また、きちんと父と母に連絡の上でお越しください」


 叫ぶ母に、瑞希さんは淡々と答える。

 私は突っ立ったまま、ただ泣くことしかできない。


「……っ、わかりました。そこの役立たずを引き取っていただけて、感謝します」


 びしゃっと扉が閉められる。


「一昨日来やがれ」